大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)201号 判決

原告 株式会社中央FM音楽放送(設立中)

右代表者発起人代表 松尾昭彌

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 椎原國隆

被告 郵政大臣 渡辺秀央

右指定代理人 加藤美枝子

〈ほか七名〉

右訴訟代理人弁護士 今井文雄

主文

一  原告松尾昭彌の請求のうち、被告が昭和四四年一二月一九日設立中の会社である株式会社FM東京に無線局開設の予備免許を与えたこと及び昭和四五年四月二五日株式会社エフエム東京に無線局開設の免許を与えたことに対し同原告がした異議申立て並びに設立中の会社である株式会社中央FM音楽放送の昭和四三年三月三〇日付無線局開設免許申請に関し、同原告がした不作為に係る異議申立てについて被告がした各却下決定の取消を求める部分を棄却する。

二  原告松尾昭彌のその余の請求に係る訴え及び原告株式会社中央FM音楽放送(設立中)の訴えを却下する。

三  訴訟費用は、原告松尾昭彌の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告が昭和四四年一二月一九日設立中の会社である株式会社FM東京(以下「FM東京」という。)に無線局開設の予備免許(以下「本件予備免許」という。)を与えたこと及び昭和四五年四月二五日株式会社エフエム東京(以下「エフエム東京」という。)に無線局開設の免許(以下「本件免許」といい、これと本件予備免許と併せて「本件免許等」ということがある。)を与えたことに対する原告らの異議申立てにつき、被告が昭和四五年八月一三日にした却下決定を取り消す。

2  被告が、原告らのした設立中の会社である株式会社中央FM音楽放送(以下「中央FM」という。)の昭和四三年三月三〇日付無線局開設免許申請に関する不作為に係る異議申立てに対し、昭和四五年八月一五日にした却下決定を取り消す。

3  本件免許等が、いずれも無効であることを確認する。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

1  原告らの請求の趣旨3の訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告の本案の答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1(異議申立ての却下決定関係―請求の趣旨1、2項)

(一)  中央FMは、昭和四三年三月三〇日被告に対し、東京地区超短波FM放送用周波数一波の割当に関し、無線局開設の免許申請をした。

(二)  被告は昭和四四年一二月一九日右割当につき、設立申の会社であるFM東京に対し、本件予備免許を与える旨通知し、昭和四五年四月二五日その設立されたエフエム東京(社名変更)に対し本件免許を与えた。

(三)  原告株式会社中央FM音楽放送(設立中、以下「原告放送」という。)は、後記七のとおり、中央FMと同一の団体である。

(四)  原告らは昭和四五年六月二四日本件免許等についての異議申立てと中央FMのした前記無線局開設免許申請に対する不作為に係る異議申立てをしたところ、被告は昭和四五年八月一三日これらをいずれも却下した。

(五)  右却下は違法であるから、その取消を求める。

2(本件免許等の無効関係―請求の趣旨3項)

(一)  東京地区FM放送用周波数割当に関する無線局開設免許申請は、昭和四三年一一月三〇日の申請締切までに六六社が競願申請した。被告は、そのうち中央FMを含む三五社の申請に絞ったが、更にその中から一社に決定することなく、競願一本化調整と称して、自己の意のままに動く会社を設立してこれに免許を与えることを企てた。被告は、そのため、昭和四四年三月初旬競願一本化調整の斡旋機関と称し、足立正を代表とし、二二名からなる東京地区FM放送設立有志会を発足させ、これに一本化を委嘱した。しかるに、右有志会においては、競願申請各社の意見を何ら徴することなく、何らの一本化調整も行わずに、ほしいままに新設会社の人事等を決定し、設立中の会社としてのFM東京を創設した。この間、競願申請各社に対しては、被告の担当者が、未だ一本化調整ができていないのに、甘言をもって、免許される会社の株式を平等に割り当て、その役員人事も競願申請各社の総意に基づき公平に行うと偽って、三四社の免許申請を取り下げさせ、残った一社の免許申請書を流用して右新設会社に本件免許等を付与したものである。電波法(昭和四六年法律第九六号による改正前、以下同じ。)が、免許申請主義を採用し、その例外を許容していない以上、必然的に新会社の設立を伴う競願一本化調整という方法で免許を取得させること自体違法であるうえ、被告は、競願申請各社の免許審査の機会を競願一本化との美名の下に奪って本件免許等を付与したものであるから、その違法は重大かつ明白であって、右免許等は無効である。

(二)  被告は、右のような介入行為を、行政指導の名において正当化しようとするかもしれないが、放送事業の免許は、憲法上保障された表現の自由と密接不可分の関係をもつものであり、これに対する行政指導は、実質的には当該地域の言論・報道界を行政庁が編成することを意味するものであって、それ自体行政庁に付与された権限の範囲を越える違法無効な行為であることが明らかである。

(三)  学校法人東海大学(以下「東海大学」という。)は、昭和三五年四月一日に郵政省から超短波放送実用化試験局の免許を期間一年として受け、FM東海の名称をもってFM放送実用化試験局を開設し、以後一年毎に免許の更新を受けてこれを維持していたが、郵政省が昭和四三年六月二九日その再免許をしない旨通告したことから、両者間に紛争が発生し、郵政省は、免許期間を経過して放送しているとして東海大学を電波法違反で告発し、東海大学も、逆告訴するほか、右通告の取消を求める行政訴訟を提起するとともにその執行停止を東京地方裁判所に求め、紛争は泥沼化していた。そこで郵政省は、その打開策としてFM東海が実用化試験局の放送を廃止する代わりにその人的物的設備を母体として設立させる新会社に東京地区FM放送用周波数の割当を行い、合わせてその職員が右新会社の役員に天下りするのを確保することで妥協を図ることとし、郵政省担当者は、本件予備免許に関し、いずれも東海大学の理事長又は理事であり、FM東京発起人表代の梶井剛、松前重義及び大友六郎と、次のように密約をした。

(1) 東海大学が被告に対し起こしているFM東海に関する再免許をしない旨の通告処分取消の行政訴訟(異議申立てを含む。)を取り下げる。

(2) 昭和四四年一一月二五日までに松前重義を中心とする新会社に免許を取得させる。

(3) 新会社の株式の割当、役員人選等は郵政省において配慮する。

(4) FM東海の職員及び施設は新会社において継承する。

(5) FM東海の放送は昭和四四年一二月二五日までに打ち切るが、右新会社の設立時期如何によってはその時点で必要とする期限を限って実験局に再免許を与えることがありうる。

右密約に基づき、東海大学は実用化試験局を自主的に中止し、訴訟等をすべて取り下げ、郵政省は、右三名が代表取締役となった株式会社エフエム東京に免許を付与した。右三名は割当株式を独占し、FM東海の現有する建物、設備、機材、技術及び全従業員を株式会社エフエム東京をして引き継がせた。

被告は、以上のとおり、国民共有の財産であり、公共の福祉のために利用すべき電波を利権の具とし、特定の者と結託して彼らと自己の利益を図ったのであるから、法律による行政の原理が不在であり、本件免許等の付与は重大かつ明白に違法であるから無効である。

(四)  被告が免許を付与したとするエフエム東京の前身として予備免許を与えたとするFM東京は、中央FMと、従ってこれと同一である原告放送とは後記七のとおり同一性がない。ところが、被告は、これらに同一性があるとし、中央FMの申請に基づいて、FM東京及びエフエム東京に本件免許等を付与したと主張する。確かに中央FMのした前記無線局開設申請書は、同年一二月一八日その申請者名を「株式会社FM東京」、住所を「東京都千代田区霞が関三―二―五霞が関ビル三三F」、発起人代表を「足立正、大野勝三、梶井剛、林屋亀次郎、松前重義、大友六郎」とそれぞれFM東京発起人代表六名の名において訂正しているが、これは、中央FM発起人の意思に基づかないものであり、無効である。そうすると、本件免許等は、申請をしなかった者に付与したものとして無効である。

(五)  仮にそうでないとしても、設立中の会社における発起人は、会社設立に必要な行為を行う権限のみを有し、会社設立後営業を開始することの準備行為は、財産引受に関する規定に準じて定款への記載、検査役の選任、創立総会の承認が必要である。しかし、FM東京の無線局開設免許申請書の訂正、予備免許の取得は、定款に記載がなく、裁判所による検査役の選任、創立総会における承認のいずれの手続も行われていない。よって、右免許申請行為及び予備免許の効果は、FM東京に帰属しない。そうすると、本件免許等は、申請をしなかった者に付与したものとして無効である。仮に申請行為は許されるとしても、予備免許は会社設立後に付与されるべきである。右免許は設立中の会社に対し工事落成期限等の付帯義務を課しており、会社成立自体に関係のない権利義務を設立中の会社に負わせることは違法である。会社成立を停止条件とした免許と解すると、電波法八条、一二条の趣旨に反することとなる。

3 原告らの本件免許等の無効確認を求める原告適格(請求の趣旨3項)

(一)  原告放送は、請求の原因1(一)及び(三)記載のとおり、昭和四三年三月三〇日被告に対し、東京地区超短波FM放送用周波数一波の割当に関し、無線局開設の免許申請をした中央FMと同一であり、本件免許等の無効が確認されれば、原告放送は、被告による再度の右申請についての審査により免許を付与されることがありうるから、その無効確認を求める原告適格がある。

(二)(1)  原告松尾昭彌(以下「原告松尾」という。)は、昭和三六年八月勤務先を退社し、中心となって株式会社中央FM放送(設立準備中)を組織し、その事務局長となったが、実質的には主宰者であって、放送局設立作業は全部原告松尾が担当し、その経費も大半を原告松尾が出捐した。

(2)  株式会社中央FM放送(設立準備中)は、昭和三七年三月二〇日無線局免許申請書を被告に提出する一方、右申請の競願者が多数存在することに鑑み、同年九月FM単営期成同盟を組織し、その中心的存在となった(会長矢部貞次、事務局長原告松尾)。

(3)  株式会社中央FM放送(設立準備中)は、競願者中有力となったが、昭和四二年頃株式会社中央FM放送(設立準備中)を中心とはするが、他の同盟加入申請者をも含める形での組織を新たに形成することとした。これが中央FMである。

(4)  中央FMは、株式会社中央FM放送(設立準備中)を母体とし、その組織を継承した設立された。発起人代表は、梶井剛外六名が就任したが、原告松尾が実質的な主宰者であった。放送免許取得を目的とする設立中の会社を維持するためには莫大な費用を要するが、これも原告松尾がその大半を調達、出捐した。

(5)  以上のとおり、原告松尾は多大な労力と費用とを費やして中央FMの設立と無線局開設を図った。したがって、中央FMが免許を取得し、会社が成立した場合に原告松尾が享受すべき利益はこれに比例して多大なものとなるはずであった。中央FMの無線局免許開設申請書が訂正されたのが昭和四四年一二月一八日であるが、FM東京に予備免許が付与されたのがその一日後の同月一九日であり、FM放送局の設置基準の適合性が二日間で判断できるとは考えられず、しかも、訂正部分が、社名、発起人の構成、引受予定株式数等の部分に止まっていることからすれば、被告は、右訂正前から既に中央FMの免許申請が設置基準に適合するとの判断を遂げていたとみられ、そうであるとすれば、原告松尾に見込まれる前記利益も、期待権に止まるものではなかったということができる。

(6)  原告松尾の、中央FMに対する関係は、右のとおり、単なる一発起人としてのそれに止まるものではなく、中央FMが免許取得について権利侵害を受ければ直ちに原告松尾の利益の侵害につながるのであって、原告松尾の利益は、中央FMすなわち原告放送の利益と表裏一体であるという意味において、法的に保護されるべきものである。

(7)  仮に原告松尾の右利益が法的に保護されるべき利益ではないとしても、その利益は、一般的抽象的なものではない具体的なものであり、しかも、本件の違法な免許等の処分により直接かつ重大な損害を被ったのであるから、たとえ、それが事実上のものに過ぎないとしても、これをもって、その処分の無効確認を求める原告適格を認めるべきである。

二  被告の本案前答弁の理由

1  原告放送について

(一) 中央FMは、後記七のとおり、昭和四五年三月二四日社名がエフエム東京と変更され、これに免許が付与されたFM東京と同一である。原告放送は、中央FMと同一であるというのであるから、エフエム東京と別個に原告放送が存在する余地はない。したがって、原告放送は不存在である。仮に、別個に存在するとすれば、そのような存在からは、無線局開設の免許申請がなされていないから、原告適格がない。

(二) また、原告放送の代表者であるとする原告松尾は、同人が招集し、昭和四五年六月二四日に開催された中央FM発起人会において、発起人一四名の決議により発起人代表に選任されたと主張する(中央FMの社団性に関する原告らの事実主張については、後記七1において主張する。)。しかし、その頃には中央FMは、既にエフエム東京として設立されており、存在していなかったから、発起人会を招集する由もなく、また、定款作成前に発起人として会社の設立に参画しても、定款に発起人として署名しなかった者は、当然に発起人としての資格を失うのであり、原告松尾は、エフエム東京の定款に発起人として署名しなかったのであるから、昭和四五年六月二四日の時点においては、発起人としての資格を失っていた。

(三) 仮に、エフエム東京とは別個に、中央FMが存在するとしても、次のとおり、原告松尾が同社の代表者として選任されたとはいえない。

(1) 発起人会において、原告松尾を発起人代表とすることに賛成した者一一名のうち、原告松尾を除いたその余の一〇名は全員委任状提出者であるが、設立中の会社においても、従前の発起人代表を解任し、新たな発起人代表を選任することは、重要な事項の変更であり、このような議案について会議に出席できない発起人に対して議決権の代理行使を求める場合は、発起人代表の解任理由、新たに選任される発起人代表の氏名等を委任する側の発起人が予め了知できるよう必要な参考書類を添付すべきである。本件の場合、委任状に受任者名が明示されず、原告松尾宛の郵送先のみ記されていたとの事実によれば、その実質は、原告松尾が、他の発起人に対し、その議決権の行使を自己に代理させることを勧誘したに外ならない。ところが、原告松尾は、右勧誘に際し、議案も示さず、参考書類をも添付しなかったし、委任状に委任事項も記載されていないのであるから、右勧誘に応じて提出された委任状に基づく委任はとうてい有効なものと認められない。

(2) また、右委任状は、発起人代表の解任選任に関する議決権の行使を原告松尾に一任するとの委任状提出者の意思が明確に表明されていると認めるに足りる実質を備えていないから、この点においても、委任状に基づく委任は無効である。そのことは、右発起人会に実際に出席した五名のうち、原告松尾の選任議決に賛成したのは原告松尾以外にいないこと、右五名のうち原告松尾及び東龍太郎を除く三名は、右発起人会議議事録のための押印を拒否している事実からみても推測できるところである。

(3) 仮に委任状提出者を含めて一一名が賛成したとしても、中央FMの発起人の実数三三名の過半数に達しておらず、発起人代表者の選任は適法に行われたとはいえない。発起人が会社の設立のために行う行為の基礎には、発起人間の組合関係が横たわっており、それによって内部関係が定められるものであるから、発起人代表の選任についても組合の業務執行者の選任と同様に解すべきである。組合の業務執行者の選任については、組合契約をもってするときは組合員全員の一致を必要とし、組合契約と別個の契約をするときも組合員の過半数を要すると解すべきである。本件の場合、当初の発起人代表の選任は、昭和四三年五月一四日の発起人総会準備会において発起人の全員一致でされており、これは組合契約をもって定めたのと同視すべきものであるから、その後の発起人代表の変更についても、発起人の全員一致で決すべきである。仮に発起人代表の変更については組合契約と別個の契約で定めうるとしても、民法六七〇条一項の規定を適用して組合員の過半数を要すると解すべきであるから、いずれにしても、一一名の賛成では原告松尾が発起人代表に選任されたとはいえない。なお、原告らは、中央FMの「発起人申し合わせ事項」では主要事項については発起人会で決議すると定められているから、発起人会における多数決で発起人代表の解任選任をすることができると主張するが、右主要事項には発起人の解任選任が含まれていないと解されるから、右主張は失当である。

2  原告松尾について

(一) 原告松尾が、無線局開設申請をしていないことは、同原告の自認するところであって、本件免許等について何ら利害関係を有しない。

同原告が本件免許等の無効確認を求める原告適格を基礎づけるものとして主張する利益は、右免許処分等の根拠法規である電波法によって法律上保護されているものではなく、いわゆる反射的利益に止まるものであるから、これをもって原告適格を基礎付けることはできない。

(二) 原告松尾は、中央FMの発起人であることを、原告適格を基礎づける根拠としているが、前記のとおり、右資格を既に失われている。

三  被告の本案前答弁に対する原告の反論

1  原告放送について

(一) 中央FMは、次のとおり、設立中の会社として社団性を有する。

(1) 昭和四三年三月FM音楽放送専門局による放送事業を目的として、中央FMの設立が企画され、中央FMは、後記同年五月一四日の発起人総会準備会開催後の時点において、別紙中央FM発起人名簿(以下「別紙名簿」という。)記載のとおりの発起人三二名によって組織された(以下、右名簿記載の各発起人については、その氏名の記載に代え、別紙名簿の氏名に付された番号をもって、「No.1」のように呼称することがある。)。このうち、鍋島綱利は、昭和四四年九月二六日死亡した。

右発起人は、発起人代表として別紙名簿No.1ないし6及び17を選任し、創立事務所は、原告放送肩書旧住所地に設置された。同組合は、同月三〇日中央FMの名義で被告に対し無線局開設の免許申請をし、同年五月一四日発起人となるべき者全員の出席をえて発起人総会準備会(実質的には発起人総会)を開催した。右会合においては、発起人代表として別紙名簿No.1ないし6の六名を選任すること、発起人申合せ事項を原案どおり承認することなどが全員一致で決議され、定款案メモ及び株式の仮引受証が配付され、これについても発起人全員が承認した。

(2) 右発起人申合せ事項においては、発行予定株式総数を一二〇万株、設立に際して発行する株式の総数を三〇万株、一株の金額を五〇〇円とすること、発起人の引き受ける株式は二二万株とすること、定款案の作成、無線局認可の申請その他設立に関する事務手続は、梶井剛、原告松尾外二名に委任し、主要事項については発起人会で決議すること、発起人は、株式引受証に引受株数を明記のうえ署名捺印して創立事務所に提出すること等を定めていた。

(3) 右(2)の定めに基づき、中央FMの発起人は、昭和四三年八月八日までに株式引受証を創立事務所に提出し、株式の引受けをした。その株数は、合計二二万三四〇〇株となった。

(4) 権利能力のない社団である設立中の株式会社が創立されるのは、発起人が定款を作成し、各発起人が一株以上の株式を引き受けた時であると解すべきである。中央FMについては、仮引受証により各発起人が実質上株式の引受けをしており、定款についても定款案について各発起人が承認を与えていることは、前記のとおりである。株式の引受けが仮引受証によっていることや、定款が案に止まっているのは、放送業の場合、放送局の免許の取得が法律上必要不可欠であるため、放送会社設立の場合には、免許取得によって会社の設立が確実となるまでは、免許の取得があれば直ちに定款の作成・署名、発起人の株式の引受けができるように定款案の作成、株式の仮引受けの手続をとっておくことによるものである。したがって、中央FMは、その人的物的基礎が固まり、将来の株式会社の組織が既に確定した団体であって、権利能力のない設立中の会社ということができる。なお、本件免許当時の免許手続を規定した電波法令には、申請者が設立中の法人であるときは、法人の設立計画について、予定表等によりその見通しをできる限り具体的に記載し、定款若しくは寄付行為又はそれらの案を添付することと定められており、これによれば、定款案のみに止まる団体の申請に対して予備免許が与えられることも予定されており、定款案が発起人によって合意されているような団体についても権利能力のない社団である設立中の会社として免許申請の主体としての地位を認めている。

(二) 原告松尾は、次のとおり、設立中の会社である原告放送の代表者であり、訴訟上の代表資格を有する。

(1)原 告松尾は、昭和四五年六月二四日中央FMの発起人中出席者別紙名簿No.5、7、19(代理人中野和明)、26及び原告松尾の五名、原告松尾に対する委任状提出者No.4、10、11、13、15ないし18、21及び25の一〇名、合計一五名をもって開催された中央FM発起人会において適法に発起人代表に選任された。また、同会合において、従前の発起人六名が適法に解任された。

(2) 右中央FM発起人会は、原告松尾が発起人兼創立委員の名で、従来の発起人代表六名中四名の同意を得て招集したもので、他の二名の発起人も黙示の同意をしていると解される。招集通知は、期日より二週間前に全発起人に対し発信され、通知には議題が明示されていた。発起人代表選任決議は一四名でされている(途中中野和明退席)が、これは中央FM発起人三一名の三分の一以上であり、商法の株主総会における取締役選任に関する規定が類推適用されるとしても定足数として適法である。また、前記の中央FMの発起人申合せ事項には、主要事項については発起人会で決議すると定められており、この規定に基づいて発起人代表の解任選任ができるものと解される。

(3) 中央FMは、右(一)のとおり権利能力のない社団である設立中の会社であるから、商法の規定の適用があり、あるいは、右申合せ事項の趣旨からも、右(2)の発起人会の決議とは多数決によるものであると解されるところ、右会合において従前の発起人代表は全員一致で解任され、原告松尾が一一対二、保留一の多数で発起人代表に選任され、原告放送の適法な代表者となった。

(4) 仮に中央FMが民法上の組合であるとしても、民法上組合の発起人代表の選任解任は、原則として全組合員の合意によるべきであるが、組合契約により多数決で足りるとすることを許さないものではない。前記中央FMの発起人申合せ事項では、主要事項については発起人会で決議すると定められているのであるから、発起人会における多数決で発起人代表の選任解任をすることは適法である。もっとも、秋山龍、野間省一、丹羽保次郎及び大久保謙の四名の原告松尾宛委任状は、会議直後に届いており、この四名は会議の結果に異議がないものと考えられ、原告松尾は、右会議の議事録を全発起人に送付し、同原告が発起人代表であることを明記した新聞記事等を全発起人に送付しているが、代表者選任等の議事の結果に異議を唱えた者は一人もなく、黙示の追認を得ているものと考えられる。そうすると、結局従前の発起人代表の解任については発起人全員一致の同意があり、原告松尾の発起人代表就任については、中山、町尻の二名の反対があっただけということになる。しかも、右二名は、議事録への捺印を拒否しており、中央FMの発起人を脱退したものというべきである。したがって、原告松尾は、全発起人の合意により代表に選任されたということもできるのである。発起人の解任については、従前の発起人代表がその権能を果たしていないことが前記六月二四日の会合で出席者全員により確認されており、これは解任の正当事由としては充分であると考えられる。したがって、この場合においても、原告松尾は、民訴法四六条の適用により、又は原告放送発起人全員を代理して訴訟を提起し遂行することができる。

(5) 仮に原告松尾が、原告放送発起人全員の代理人として本件訴えを提起したことが認められないとすれば、原告松尾は、任意的訴訟担当者として原告放送発起人代表の肩書で本件訴えを提起したものであると主張する。

2  原告松尾について

原告松尾が原告放送の代表として選任されたことは、右1(二)のとおりであり、その原告適格を有することは、請求原因3(二)のとおりである。

四  請求原因事実に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1の事実中、東京地区超短波(FM)放送用周波数一波の割当に関し、中央FM発起人代表梶井剛外六名が昭和四三年三月三〇日被告に対し無線局開設の免許申請をしたこと、被告は昭和四四年一二月一九日FM東京に対し無線局開設の予備免許を与える旨通知し、昭和四五年四月二五日その社名を変更して設立されたエフエム東京に対し無線局開設の免許を与えたこと、原告らは昭和四五年六月二四日本件免許等につき異議申立てと前記中央FMのした無線局開設免許申請に対する不作為に係る異議申立てをし、被告は昭和四五年八月一三日これらをいずれも却下したことは認め、原告放送が、中央FMと同一の団体であることは否認する。

2(一)  請求原因2(一)の事実中、昭和四三年一一月三〇日の申請締切までに六六社が東京地区FM放送用周波数割当に関する無線局開設免許の申請をしたこと、被告は、そのうち中央FMを含む三一社(三五社ではない。)の申請に絞ったこと、被告が昭和四四年三月初旬これら三一社の申請の調整を足立正に依頼したこと、足立正は、梶井剛、植村甲午郎ら二一名とともに有志会を作り、これによって各社の申請の調整を行い、その結果一本化の調整がなったこと、既に申請の取下について同意のあった競願申請各社に、郵政省の職員が郵政省で印刷した取下書に押印してもらうため右取下書を持参したこと、三四社について免許申請が取り下げられたこと、右調整の結果、新たな発起人も参加したFM東京となり、これに予備免許が付与されたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二) 請求原因2(二)の主張は争う。

(三) 同2(三)の事実中、松前重義、梶井剛及び大友六郎が東海大学の理事長又は理事であったこと、東海大学は昭和三五年四月一日に超短波放送実用化試験局の免許を受けたこと、その有効期間は一年であって、一年毎に再免許を受けつつ「FM東海」の名称で右実用化試験局を開設していたこと、東海大学が昭和四三年五月三〇日に同年七月一日より同年九月三〇日までを有効期間とする再免許申請をしたこと、郵政省は、右再免許申請に対してこれを付与しない旨の電話連絡をしたこと、免許の有効期限が過ぎても同大学が放送を続けたので、電波法違反の罪で告訴した結果、同大学も被告を告発するとともに行政訴訟を提起したこと、その後東海大学は、実用化試験局を自主的に中止し、抗告訴訟や執行停止の申立てを取り下げ、郵政省はエフエム東京に免許を付与したこと及びエフエム東京の代表取締役に右三名が就任したことは認め、その余の事実は否認する。

(四) 同2(四)の事実中、中央FMの無線局開設免許申請書が原告ら主張のとおり訂正されたことは認め、その余の事実は否認する。

(五) 同2(五)の主張は争う。将来成立される予定の放送会社のために発起人がした放送局免許の申請行為については、財産引受に関する商法一六八条一項六号の適用はないと解すべきである。発起人の権限が会社の設立自体に必要な行為に限られると解されているのは、それが、発起人、株式引受人、当該行為の相手方、将来の株主及び会社債権者の利害の調整点として合理的であるからにほかならないから、これらの何人にも支障を与えず、会社の財産的基礎を危うくするおそれのない行為を発起人の権限に含ませることは、何ら商法一八六条一項六号の趣旨に反しない。発起人が将来設立される放送会社のためにした放送局免許の申請行為は、いわゆる私人による公法行為であり、行政庁に対する一定の希望ないし請求であって、財産取引そのものを目的とする行為ではないから、権利能力・行為能力についても、私法規定ないし私法原理がそのままの形で妥当するものではない。本件のような免許の申請行為や、その効果としての予備免許及び免許の付与は、新たに放送事業を営むことを目的として設立される会社にとっては、利益を享受するだけで、その財産的基礎を危うくするおそれを伴わず、前記第三者の利益を害しない行為であるばかりか、営業目的である放送事業を遂行するためには法律上不可欠な行為であって、いわゆる財産引受とは何ら関係がない。したがって、発起人による免許の申請行為については、発起人の行為能力を一般的に否定すべきものではない。また、本件当時の免許手続を規定した電波法令中郵政省設置法の一部改正に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二七年法律第二八〇号)附則三項により郵政省令としての効力を有する無線局免許手続規則(昭和二五年電波監理委員会規則第一五号)四条一項、別表第二号の第4、15、(2)には、「申請者が設立中の法人であるときは、法人の設立計画について、予定表等によりその見通しをできる限り具体的に記載し、定款(株式会社については、認証を受けたものとする。)若しくは寄附行為又はそれらの案を添付すること」と定められていたのである。右のように電波法令が設立中の会社について放送局免許の申請を認めた趣旨は、放送会社の設立には多大の費用と労力とを要するうえ、放送事業を遂行するための莫大な資金の調達等の準備を必要とするのに対し、放送局の免許の取得は、放送事業を営むことを目的として設立される会社にとっては、法律上必要不可欠であり、会社設立後免許申請が拒否された場合には会社は設立の目的を失って解散せざるを得なくなるのであって、そのようなこととなると、解散に至るまでに生じた多大の費用と労力とを無に帰せしめることとなり、社会・経済上もたやすく無視しえない損害を生じさせることとなるので、事業活動の法的可能性を確かめさせたうえで放送会社を設立させることが、社会・経済上最も合理的であるとの配慮に基づくものであるということができる。本件における免許手続は、右電波法令の規定に基づいて適法に行われているから、これを無効とするいわれはない。また、本件予備免許は会社設立を停止条件として付与されたものであり、そのような条件を付することは、昭和三三年法律第一四〇号による改正後の電波法一〇四条の二第一、二項に規定するところである。なお、本件予備免許に付した条件は、これを付与した日から約五ヵ月後を会社設立確認の最終日とし、その日から更に一年余を経た日をもって工事落成期限と指定し、これらの条件を成就させるか否かを設立後の会社の意思如何にかからせているのであるから、設立後の会社に対し不当な義務を課したものとはいえない。

4  請求原因3(二)の事実は否認し、3(一)、(二)の主張は争う(被告の本案前答弁の理由のとおり)。

五  抗弁(請求の趣旨1、2項関係)

1  請求の趣旨1項の異議申立てについては、中央FMの無線局開設免許申請に対し昭和四四年一二月一九日予備免許(中央FMは、その当時FM東京と名称が変更されていた。)、昭和四五年四月二五日免許(FM東京は、その当時エフエム東京と名称が変更されていた。)の各処分がされており(中央FMがFM東京と同一性を有することについては後記七のとおりである。)、原告放送は、中央FMと同一であるというのであるから、本件予備免許及び免許によって自己の権利又は利益を侵害されたと認められない。また、原告松尾は、無線局開設免許申請をした事実がない。

2  請求の趣旨2項の異議申立てについては、右1のとおり、中央FMの無線局開設免許申請に対し各免許がされているので、同申請について不作為は存在しない。また、原告松尾については、同人が原告放送の代表者としての資格において異議申立てをしたとすればその代表者としての資格が正当であることについて書面による証明がなく、また、原告放送の発起人としての資格において異議申立てをしたとすれば、そのような者からは無線局開設免許の申請がされていない。

3  よって、原告らのした請求の趣旨1、2項の各異議申立てはいずれも不適法であり、これを却下したのは適法である。

六  抗弁事実の認否

1  抗弁1の事実中、中央FMの無線局開設免許申請に対し本件予備免許及び本件免許がされたとの点は否認する。

2  抗弁2の事実は否認する。

七  中央FMと、FM東京の同一性に関する当事者の主張

1  被告の主張

(一) 郵政省が昭和四三年一一月二九日決定した超短波放送用周波数の割当計画によれば、さしあたり東京地区において割り当てることが可能な周波数は一波とされた。これに対し、一般放送事業者によるFM放送の免許申請は、昭和四三年一一月末日で六六社を数えた。郵政省では、これら申請について審査した結果、三五社については今回の割当計画による放送局の免許を与えないこととし、残る三一社について、電波法七条一項各号の適合性を審査することとした。

(二) 郵政省は、できるだけ多くの申請者が一体となって参画するのが、より多くの地元住民の意思が反映され、貴重な電波の効率的な利用になるものと考え、当時日本商工会議所会頭であり、郵政審議会会長でもあった足立正にこれら三一社の申請の調整を依頼した。足立は、これら申請各社に対し申請の調整を行い、昭和四四年三月一二日ホテルオークラにおいて、東京地区におけるFM放送の問題について会議が開かれた。出席者は、足立、梶井剛、井深大、藤井丙午、百瀬結、小林宏治、中山次郎及び中山素平の八名であり、一本化の具体的な方法について出席者間に合意をみた。

(三) 足立は、昭和四四年三月一八日右の会議の結果について賛同を求めるため、有志二一名の名において、申請会社の関係者に対し、趣意書を発送した。その結果、同月末日までに、競願各社のうち、二七社が申請の取下書を提出した。

(四) 足立は、同年六月三〇日第二回の打合せ会を東京プリンスホテルにおいて開催し、席上、出席した者に対して、将来一本化して設立される会社の発起人、役員の人選について一任するよう要請した。その後数回にわたり一本化調整のための打合せが行われ、前記趣意書の趣旨に則り、中央FMを母体として、他の各社はこれに統合されることとなった。残る三社についても、同年一二月一〇日頃までに取下届が提出された。

(五) 梶井、前田久吉は、同月九日連絡責任者である原告松尾を伴って郵政省を訪ね、当時の事務次官に対し、前記三〇社が中央FMに統合し、その発起人、出資者等についても調整が完了した旨を連絡し、引き続き、梶井及び原告松尾から、右統合後の事態に即するため、中央FMの申請書の訂正をしたいから、その訂正届の記載要領について郵政省の指導を受けたい旨申し出がされたので、郵政省電波監理局放送部業務課員が、原告松尾に対してその指導を行った。

(六) FM東京の発起人代表者会議が同月一五日赤坂プリンスホテルにおいて開催され、免許申請書の訂正について協議され、あわせて、申請に関して連絡責任者を原告松尾から平賀籌三(以下「平賀」という。)に変更することを決定して、その旨が郵政省に連絡され、平賀から同月一七日申請人の名称を中央FMからFM東京に変更すること、発起人に異動があったことを内容とする訂正届が提出された。

(七) 郵政省は、この訂正された申請について審査を行った結果、電波法七条一項各号の規定に適合すると認めたので、昭和四四年一二月一九日電波監理審議会に同社への予備免許を与えることについて諮問し、即日答申を得て、同日付けで同法八条により予備免許を与えた。FM東京は、昭和四五年三月二四日被告に対し、確認申請書及びその社名がエフエム東京に変更された旨の社名変更届を提出し、被告は、同年四月二五日同社に対し、本免許を付与した。

(八) 以上の経緯によれば、FM東京は、中央FMの他の競願各社を統合させてこれらを一本化したものであって、右両社は、その申請主体として同一である。

(九) 中央FMが、FM東京と同一性を有することは、以下の事実からも明らかである。

(1) そもそも中央FMは、FM放送の早期実現を目的として組織されたFM単営期成同盟(会長梶井剛)の在京会員を母体として、東京地区におけるFM放送の早期実現を図るため、放送関係の学識経験者、財界、産業界、音楽業界等広く各界の一致協力体制と大同団結を呼び掛けて創設されたものであるから、中央FMの発起人らは、その免許申請手続に関する権限を委任した梶井剛筆頭発起人代表らが、同組織を含む三一社の競願を一本化し、東京地区におけるFM放送の早期実現を図るために結成された有志会に参画することについては異論がなかった。

(2) 右有志会には、中央FMから、発起人代表七名のうち、別紙名簿No.1、2、3、5及び17の五名が、発起人のうち同No.9、28、土光敏夫、松下正治、岩佐凱実(株式会社富士銀行頭取、同社会長金子鋭と交替)及び関義長(三菱電機株式会社相談役、同社社長大久保謙と交替)の六名が参画し、有志会会員二一名の過半数を占めたのであり、FM東京の発起人合計二三名のうち一二名(前記一一名のほか大野勝三)が、中央FMの発起人によって占められたほか、免許申請手続の連絡責任者となっていた原告松尾が、設立後の会社の常務取締役として予定されていた。

(3) FM東京がエフエム東京として設立されるまでの間に発起人として参画した者は、別紙名簿No.1、2、3、5、9、17、28及び31、土光敏夫、松下正治、足立正、林屋亀次郎、松前重義、大友六郎、前田久吉、植村甲午郎、岩佐凱実、奥村綱雄、木川田一隆、小金義照、関義長、中山素平、藤井丙午、安川第五郎並びに堀久作であって、中央FMの発起人の過半数を超える者がこれに参画している。すなわち、原告が、前記三1(一)(1)において主張する中央FM発起人三二名のうち、鍋島綱利は、昭和四四年九月二六日に死亡しており、一高土光敏夫及び松本三郎(松下電子工業株式会社会長であって、その時点以前で発起人であった松下電器産業株式会社社長松下正治と交替したもの)が発起人として加わる。したがって、中央FMの発起人の実数は、三三名であった。この三三名のうち、エフエム東京の設立に発起人として参画した者は、右(2)記載の一二名であり、同社の設立に出資者として参画した者は、別紙名簿No.13、19、25、26及び29のほか日本コロンビア株式会社社長神崎丈二と交替した同社社長中山正巳、株式会社日本勧業銀行頭取武田満作と交替した同行頭取横田郁の七名である。更に、原告松尾は、エフエム東京の取締役として同社の設立に参画している。したがって、中央FM発起人実数三三名のうち合計二〇名は、エフエム東京の設立に実質的に参画しているのである。のみならず、残りの一三名のうち、別紙名簿No.4及び6は、中央FMの発起人代表が各発起人に対して免許申請の訂正の経緯等について報告し、その了承を求めた昭和四五年七月三一日付けの文書に作成名義人として名を連ねており、同年八月一八日に死亡した同No.12を除くその余の同No.7、8、10、11、14、16、18、21、23及び24の一〇名は、右免許申請の訂正の経緯を了承する旨の文書に署名押印している。したがって、中央FMがFM東京として設立されることに何人も異論がなかったのである。

2  原告の主張

(一) 中央FMとFM東京とでは、次のような重要な点において相違がある。

(1) 発起人

① 中央FMの発起人であるが、FM東京の発起人ではない者 別紙名簿No.4、6、7、8、10ないし16、18ないし27、29、30及び32の合計二四名

② 中央FMの発起人であって、FM東京の発起人である者 別紙名簿No.1、2、3、5、9、17、28及び31の合計八名

③ 中央FMの発起人ではなく、FM東京の発起人である者 土光敏夫、松下正治、足立正、林屋亀次郎、松前重義、大友六郎、前田久吉、植村甲午郎、岩佐凱実、奥村綱雄、木川田一隆、小金義照、関義長、中山素平、藤井丙午、安川第五郎及び堀久作の合計一七名

(2) 発起人代表

中央FM(発起人代表六名)とFM東京(発起人代表六名)のいずれにおいても発起人代表である者 梶井剛の一名のみ

(3) 資本の額

中央FMの資本の額は、一億五〇〇〇万円であり、FM東京の資本の額は、二億円である。

(4) 創立事務所所在地

中央FMの創立事務所所在地は、東京都港区北青山三丁目六番地一七号池田ビル内であり、FM東京のそれは、東京都千代田区霞が関三丁目二番五号霞が関ビル三三Fである。

(5) 連絡責任者

中央FMの連絡責任者は原告松尾であり、FM東京のそれは平賀である。

(二) 中央FMとFM東京とが免許申請主体として同一であるのであれば、FM東京として無線局開設免許申請書訂正届が提出された昭和四四年一二月一八日までに、商号の変更の外、右(1)ないし(5)について適法な変更手続が経由されていなければならない。

ところで、中央FMは、FM免許取得という共通の目的のために参集した発起人の人的結合の他にはまだ何らの実体を有していなかったのであるから、中央FMとFM東京との間の同一性は、結局両者の発起人の同一性に帰する。ところで、発起人相互の関係は、いわゆる発起人組合の概念によって捉えられるべきであるから、第一次的には発起人相互間の契約により、補充的には民法上の組合の諸規定により律せられなければならない。中央FMの発起人申合せ事項の中には、「主要事項については発起人会で決議する」旨が定められており、新発起人の加入は従来の発起人の利害に重大な影響を及ぼすから当然右主要事項に該当すると考えられ、かつ、組合への加入は、加入すべき者と従来の組合員全員との間における加入契約によって行われると解される。昭和四四年一二月九日に開催された中央FM設立発起人会は、これを転換点として発起人の大幅な入替えが行われたのであるから、新旧の中央FMに同一性があるとされるためには、少なくとも右時点あるいは昭和四四年一二月一八日までに中央FM発起人会が開催され、FM東京の発起人となった者について、まず中央FM発起人組合への加入の承認が中央FM発起人の全員一致でなされることが必要である。

また、右(一)の(1)ないし(5)及び商号の変更についても、これらは、設立に当たっての重要事項であるから、同様に右(一)(1)の①及び②の発起人による発起人会の決議がなされることが必要である(もっとも、発起人の変更については、右(一)(1)の①の者が、変更までに脱退、死亡等によって全員発起人でなくなっていれば、同②の者だけによって、同③の加入の承諾をすることは可能であるし、その後に同②及び③の者により商号の変更及び右(一)の(2)ないし(5)の変更をすることも可能である。しかし、原告松尾が、中央FMの発起人を辞任したり、除名されたりしたことはない。また、中央FMの昭和四五年六月二四日開催の発起人会の出欠の通知及び委任状等によれば、同日現在合計一三名が中央FMの発起人であったことが確認できる。)

(三) しかるに、

(1) 右発起人会は、中央FMとは何らの関係を有しないFM放送東京地区設立有志会代表足立正の名義で呼び掛けられ、委任状の委任事項としても「昭和四四年一二月九日開催のFM放送設立有志会の決議」と明記されている。

(2) 右会合の通知は、二三名の者が受けたが、そのうち二一名は、右有志会のメンバーで、そのうちには中央FM発起人会とそれまで何ら関係のない林屋亀次郎、足立正、小金義照、奥村綱雄、関義長、中山素平及び安川第五郎らが含まれており、一方で、中央FM発起人会に所属する者については、別紙名簿No.1、2、3、5、9、17、28及び31の八名にしか通知がされなかった。

(3) 当日の出席者は九名、委任状提出者は九名、委任状を提出せず欠席した者は五名であって、議決に参加した一八名中、中央FM発起人は、別紙名簿No.1、2、3、5、9及び31の六名に過ぎなかった。

(4) 当日の会合の議案に記載され、そのとおり決議された新会社の発起人代表及び役員等は、これに先立つ昭和四四年一二月三日に開催された有志会の会合での確認をそのまま踏襲している。

(5) 中央FMは、昭和四三年五月一四日において設立趣意書を発行しているのに、昭和四四年一二月九日の会合で新たな設立趣意書の件が議題となっていること、右会合で決議された申合せ事項には、「一本化後の無線局開設申請書として株式会社中央FM音楽放送の申請書を当て、……」との記載があること、右会合によって構成された新たな発起人会メンバーの発起人承諾書は、全てFM東京の発起人たることを承諾する旨の文言になっていて、株式引受書の宛先は「株式会社FM東京発起人代表」となっていること、また、中央FM発起人として既に発起人承諾書、株式引受書を提出済である者がこと新しく右の発起人承諾書、株式引受書を提出していることによれば、右会合において新たに構成された発起人会メンバーらにおいても、右会は中央FM発起人会と同一性を有するものではないと考えていたとみられる。

(6) 前記(三1(二)(1))のとおりエフエム東京成立後である昭和四五年六月二四日になって原告放送の発起人会が開催されている。

(7) FM東京は、昭和四四年一二月三日に第一回発起人会を開催したこととされているが、その議事録は提出されていない。

(3) FM東京に予備免許が与えられた当時郵政省電波管理局長であった藤木栄は、予備免許後の昭和四五年二月一九日原告松尾に対し、中央FMの免許申請は取下となったこと、予備免許はこれと異なる会社に付与された旨を述べ、中山次郎は、同月二四日原告松尾に対し、中央FMをどのような状態で解散、終結、終戦処理をするかが今後の問題となってくる旨を述べており、これらの発言によれば、関係者も、中央FMとFM東京が別個のものであることを当然の前提としていたと考えられる。

以上のような事実に照らすと、右会合は、これをどのような意味においても、中央FM発起人会と認めることはできず、有志会が勝手に「株式会社中央FM音楽放送(仮称)設立発起人会準備会」と僣称したに過ぎない。

(四) 被告は、中央FMの発起人のうち、FM東京の設立に参画していない者全員が、FM東京の免許申請の経緯等につき事後承諾を与えていると主張するが、中央FMからFM東京への移行が適法に行われているのであれば、このような事後承諾は不要のはずである。のみならず、新発起人の加入については前記のように中央FM発起人会の全員一致による承諾が必要であるから、個々的な事後承諾によって発起人交代手続の瑕疵が治癒されるものではない。更に、その事後承諾についても、少なくとも原告松尾及び大久保謙は、これを与えておらず、他の者についても、FM東京が中央FMから同一性を保ちつつ適法に生成発展したものであるかのような誤った説明にもとづいてされたものであるから、これを真の承諾ということもできない。

(五) 被告は、中央FMの発起人三三名中一二名がFM東京の設立発起人として参画したと主張する。しかし、右一二名のうち土光敏夫は、中央FMの発起人に予定されたものの、実際には発起人に就任しなかった。松下正治は、従前あくまでも個人として発起人に就任したもので、松本三郎と交替するなどという余地はない。仮に右松下が松下電器産業株式会社の代表者としての資格において発起人に参画したとしても、同社と松下電子工業株式会社とはあくまでも別個の法人であり、その各社長間で一人が退任し、同時に一人が就任したからといって、その間に発起人としての継続性ないし同一性があるとはいえない。岩佐凱実及び関義長についても、個人として発起人に就任したものであって、前任者と交替したとはいえない。また、駒井健一郎、井深大、百瀬結の三名は、中央FMの発起人ではあったが、同時に他の競願申請会社の発起人代表ないし発起人であり(駒井は日本音楽放送株式会社の発起人代表、井深は東京エフエム音楽放送の発起人、百瀬は、ビクター放送株式会社及び右日本音楽放送株式会社の発起人代表)、これら申請会社が一本化調整に応じ各申請を取り下げた代償としてFM東京の発起人に加えられたものであって、中央FMの発起人であったことによるものではない。更に、中央FMの発起人である別紙名簿No.13、19、25、26及び29の五名はエフエム東京に出資者として参画していない。右五名はいずれも個人の資格で発起人となっているのに対し、出資しているのは、それぞれ富士通株式会社、株式会社三菱銀行、株式会社住友銀行、キングレコード株式会社及び沖電気工業株式会社であって、各個人ではない。次に、被告は、中央FM発起人神崎丈二及び武田満作は、それぞれ同人らと交替した中山正巳及び横田郁が株式会社エフエム東京に出資者として参画しているとするが、神崎や武田は、日本コロンビア株式会社及び日本勧業銀行として発起人となった訳ではないから、このような主張は成り立たない。原告松尾は、一旦はFM東京の取締役に就任したが、これは同社が中央FMとは別個の会社であると信じたことによるものであり、中央FM免許申請のFM東京への流用及びFM東京の中央FMとの同一性の僣称を知ったのち取締役を辞任した。したがって、このような事実をもって両者の同一性を基礎付けることはできない。

(六) 以上によれば、中央FM発起人三二名中、中央FMの発起人であったことによりFM東京の発起人に就任したと認めることができるのは、梶井剛、秋山龍、小林宏治、中山次郎及び大野勝三の五名に過ぎないこととなり、エフエム東京に出資者として参画したものは皆無となるのであって、両者の間に同一性があるとは到底いえない。

(七) 放送局設立のための事務局は、免許が下りた後に成立する放送会社において厚遇されることだけを頼りに運営されているといって過言ではない。一般の会社の設立事務局とは異なり、放送局の免許が必ず取れるという保証はなく、免許が下りなければ会社は成立しない。そのような不安定な立場でありながら、免許取得のための活動は、技術的な問題の外、対外的折衝、陳情活動等が加わる激務である。他方、発起人を含めて、将来成立する見通しもつかない事業に出資するものは少なく、事務局主宰者が経費のほとんどを負担するというのが実態で、事務局員の給与は一般より低いものにならざるを得ない。事務局員がこのような境遇に甘んじているのも、大きな理由としては、会社成立後の厚遇が期待できるからである。中央FMの場合も同様であり、これとFM東京が同一であるならば、前者の事務局員は、後者が会社として成立したエフエム東京に当然従業員として迎えられてしかるべきである。ところが、中央FMの事務局員は、一切エフエム東京に迎えられていないのである。事務局員の原告松尾にしても、中央FMの実質的主宰者として免許取得のため活動してきたのにも係わらず、エフエム東京では平取締役という扱いである。これに反し、昭和四四年一二月一六日付けの訂正届作成のため同月一九日以降急遽頼まれた平賀以下七ないし一〇名は、報奨として全員エフエム東京の職員として採用されている。しかし、これら職員となった者の仕事量は、原告松尾らのそれとは比較にならない程僅かである。このような結果となったのは、FM東京が、中央FMとは別個に結成されたものであるからである。

(八) 被告は、有志会が一本化調整した結果、申請者が統合されてFM東京が結成されたものであるから、中央FMとFM東京とは同一であると主張する。しかし、有志会は、成立からして郵政省が主導しており、その傀儡的性格を帯びたものであって、申請者の調整に関する話し合いなど一回も行われたことはない。これが、調整機関であったというのは名目に過ぎず、むしろ、FM東京に直結する発起人会であったというべきである。

第三証拠《省略》

理由

第一原告松尾の異議申立ての利益及び原告適格について

一  電波法は、無線局の開設について免許制をとるが、その趣旨は、電波の公平かつ能率的な利用を確保することによって、公共の福祉を増進することにあるとされている(同法一条)。同法は、無線局開設免許申請のあった場合の審査事項について規定するが(六条)、右事項を参照すれば、申請に対する審査も、右の趣旨に沿って、開設しようとする無線局が、技術的基礎や財政的基礎に欠けるところがないか等の公平性や、実施可能性等の見地から行われるものであり、その申請をした者は、その申請について、右見地から審査を受けることが保障されているし、それが他との競願である場合には、右の見地からして、その申請と他の申請とのいずれが優れているかも、公平に審査されることが保障されていると解されるが、その申請者がその申請した無線局の開設されることによって何らかの個人的な利益を得ることがあるとしても、右審査制度は、そのような個人的利益を保護することは何ら目的としていないことが明らかであるし、右審査制度は、無線局の開設申請をしていない者については、仮にその者が、他の者の開設申請について何らかの利害関係をもっているとしても、そのような利益を保護する目的をおよそ有しないことも明らかである。

二  原告松尾が、被告に対し、無線局開設免許申請自体をしたことのないことは、同原告の自認するところである。そうすると、同原告は、その行った異議申立てにより、仮に被告が昭和四四年一二月一九日にFM東京に与えた本件予備免許又は昭和四五年四月二五日にエフエム東京に与えた本件免許を取り消し、よって、原告松尾の主張する中央FM等の競願者による無線局開設免許申請について、再度審査が行われることとなるとしても、また、被告が中央FMのした無線局開設免許申請の審査をしていないことの違法が確認され、被告がその申請について審査を行うこととなるとしても、同原告に対して無線局開設の免許がされることはありえないことが明らかである。このことは、本件訴えによって、本件免許等の無効であることが確認され、これによって、右同様他の競願者について再度審査が行われることとなる場合についても同様である。そうであるとすれば、原告松尾は、請求の趣旨1、2項の各異議申立てについて、これを行う法律上の利益がないこととなるし、請求の趣旨3項の無効確認の訴えについては、これを提起する原告適格を肯定することができないことになる。

三  原告松尾は、中央FMが、被告に対し無線局開設の免許申請を行っており、本件免許等が取り消され、中央FMのした右免許申請について被告が審査をしていない不作為の違法が確認され又は本件訴えによって本件免許等の無効が確認されれば、中央FMに免許が付与される可能性が生じるところ、原告松尾は、右組織の発起人であるが、単なる発起人に止まるものではなく、その利益は、右組織の利益と表裏一体という特殊な関係にあるから、原告適格が認められるべきであると主張するが、その主張事実がそのとおり認められるとしても、その主張する利益は、中央FMに免許が付与されることによって、原告松尾の得る個人的利益の域を出るものではなく、そのような個人的利益は、申請者自体についても電波法による無線局開設免許制度において保護されるものでないことは、前記のとおりなのであるから、申請者でなく他の者の申請について利害関係を有するに過ぎない原告松尾のような者のそのような利益が、右制度において保護されていないことは明らかである。

四  そうすると、原告松尾のした請求の趣旨1、2項の各異議申立ては、その利益のない者のしたものとして不適法であるから、これを却下した被告の決定はいずれも適法であり、その取消を求める請求の趣旨1、2項の申請はいずれも理由がないこととなるから、これを棄却すべきであるし、原告松尾の請求の趣旨3項の訴えは、その原告適格を認めることができないから、不適法として却下すべきである。

第二原告放送の当事者能力及び原告松尾の代表権限について

一  原告放送の主張する中央FMの団体としての法的性質について

1  原告放送の主張によれば、原告放送が同一であるとする中央FMは、昭和四三年五月一四日発起人となるべき者(設立する会社の定款成立前における発起人は、正確には発起人ではなく、発起人となるべき者であるに過ぎないが、特に区別せずに「発起人」ということがある。)全員出席による発起人総会準備会において、定款案メモが全員一致で承認され、定款案の作成を一部の発起人に委任し、昭和四三年八月八日までに発起人によって仮引受証により実質上株式の引受けがされたことにより、同日までに設立中の会社である権利能力のない社団として創立された団体であるとしており、右主張によれば、原告放送は、その同一であるとする中央FMがいわゆる発起人組合とは別個に成立した設立中の会社であるとして、本件訴えを提起したものと解される。しかしながら、原告放送は、また、予備的に、中央FMが組合にとどまるものであると認められた場合についての主張をもする。

2  株式会社を設立するために発起人となるべき者が形成する団体としてのいわゆる発起人組合は、設立中の会社として権利能力はないものの社団性を獲得し、後に株式会社として設立され登記されることにより権利能力を獲得する団体とは別個に存在し、それが消滅するためには、民法に基づく解散の手続がとられなければならないものと解される。したがって、右の設立中の会社と発起人組合とは併存することのできるものであるから、原告放送は、本来、選択的に自らがそのいずれかであるとの主張をすることができない筋合いであって、本件訴えは、それが一人の原告から起こされているものである以上、権利能力のない社団としての中央FMと同一である原告放送による訴えであるか、これとは別人格である発起人組合としての中央FMと同一である原告放送による訴えであるかのいずれかであるということとなる。そして、これが前者であるとすれば、被告は、そのような存在としての中央FMは、エフエム東京との名称で株式会社として成立したから、存在しないと主張し、原告放送は、エフエム東京として成立した団体の権利能力取得前の段階のもの(FM東京)と中央FMとは別個の存在であると主張するのである。しかしながら、本件においては、争いとなっている昭和四四年一二月九日の中央FM設立発起人会の開催より以前の中央FMという団体の法的性格(原告放送は、この状態における中央FMが原告放送そのものであると主張し、被告も、右の時点においてこのような状態の中央FMが存在したこと自体は認めている。)についての原告放送の主張自体によっても、それが設立中の会社であるとするには、定款が作成されておらず(誰が発起人であるかが確定されることは、その団体が設立中の会社として社団性を獲得するとされるために不可欠な要件であり、定款への発起人の署名によって、これが確定されるのであるから、発起人の署名された定款の成立は、団体が設立中の会社として成立したとされるための必要条件であることはいうまでもない。単に定款案のメモが発起人となるべき者全員によって承認されたというだけでは、その趣旨の定款が作成されたこととならないのは当然である。現に本件においては、中央FMの発起人が誰であるかについて争いがある。)、発起人による株式の引受も行われていない(発起人が確定していない以上、そもそも株式の引受ができるはずはないが、本件における株式仮引受証(《証拠省略》、もっとも、《証拠省略》は、前者において株式会社日本勧業銀行代表取締役武田満作の株式仮引受証が一万株分(額面合計五〇〇万円)につき各別に二枚含まれているのに対し、後者では一枚のみであり、後者において百瀬結の分が含まれているのに対し、前者にはこれが欠けているという相違がある。)による株式の引受は、その形成自体からして確定的な意思表示による株式の引受とはいえないから、これをもって設立中の会社が社団性を獲得して存在するための要件としての株式の引受といえるものではない。)のであって、ある団体が放送業を行う予定であり、放送業については、被告の無線局開設免許のある以前に株式会社を設立することにリスクが大きいからといって、その株式会社設立に係わる利害関係人の利益の保護が無視されてよいとはいえず、その社団性獲得の要件が緩和されてよいとはいえないから、その状態における中央FMという団体は、未だ社団性のある設立中の会社として成立していないといわざるを得ない。

3  右団体について、前記の時点以後、定款が作成されたとか、株式引受がされたとかいった事実のあったことについて、原告放送は何ら主張立証しないし、これを認めるべき証拠もない。したがって、本件訴えは、これを設立中の会社である中央FMと同一であるとする原告放送によるものとすれば、未だ存在していない者によるものとして不適法というほかはないから、本件訴えは、発起人組合である中央FMと同一であるとする原告放送による訴えと解する外はない。

4  本件訴えが、発起人組合である中央FMと同一であるとする原告放送による訴えであるとすれば、中央FMが解散したことについて何ら主張立証がない以上、これと原告放送が同一であれば、それは現に存続していると考えられる。なお、証人中山次郎の証言によって真正に成立したと認める乙第三一号証及び乙第三二号証の一ないし一九並びに同証人の証言によれば、中央FM発起人代表である別紙名簿No.1ないし6は、昭和四五年七月三一日付けで一部の中央FM発起人に対し、東京地区FM放送設立有志会による競願一本化により、中央FMの無線局開設免許申請書に訂正を加え、この申請に対し予備免許及び免許が与えられたとの経緯について報告し、中央FMの設立準備中の費用については発起人代表において善処するのでこれらの点について了承されたいとの内容の書簡を送付し、この書簡に対し、No.7、8、10、11、13ないし16、18ないし21、23ないし26、29、32及び松本三郎の一九名がその報告を了承し、会社設立準備中の費用については、その清算及び処理を右発起人代表に一任する旨の文書を右発起人代表らに提出したことが認められるが、このことによっては、中央FMの一部の発起人が、その発起人組合の清算事務を発起人代表に委任したとの事実が認められるのみで、右組合そのものが清算事務を遂げたことまでが認められるものでないことはいうまでもない。

5  《証拠省略》によれば、中央FMは、昭和四三年三月発起人三二名によって組織され、業務執行者である発起人代表として梶井剛ほか六名が選任され、その後同年五月一四日の発起人総会準備会において、発起人代表として六名が選任されたほか、定款案メモが承認され、事務手続は梶井ほかの四名に委任すること、主要事項については発起人会において決議すること、設立の費用は、会社設立まで一部発起人が立替え支弁することとし、原則として各発起人の平等負担とする等を定めた発起人申合せ事項が定められ、以後多少の発起人の異動はあったものの、この申合せ事項に基づき団体の運営が行われていったことが認められ、これによれば、中央FMは、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しているものと認められるから、民訴法四六条の適用のあるいわゆる権利能力ある社団であり、その名において訴えを提起することができるものと解される。

二  原告松尾の原告放送を代表する権限の有無について

1  以上によれば、中央FMは発起人組合として現に存続しており、その代表者によってその名において訴えを提起することができるものと解されるから、次に、本件訴えがその組合によるものといえるかどうか、原告松尾は、その組合を代表して本件訴えを提起する資格を有するかどうかが問題となる。それは、結局、原告放送が昭和四五年六月二四日に中央FMの発起人会として開催されたと主張する会合が、真に中央FMの発起人会といえるかどうか、原告松尾が、その発起人会において、適法に発起人代表(組合業務執行者代表)として選出されたといえるかどうか及び本件訴えが、右中央FMと同一である原告放送によって提起されたといえるかどうかにかかることとなる。以下検討する。

2  昭和四三年五月一四日の発起人総会準備会開催後の時点における中央FMの発起人として別紙名簿No.1ないし32が居たことは当事者間に争いがない。被告は、これらのほか、土光敏夫及び松本三郎も発起人であったとする。土光敏夫については、成立に争いのない乙第七号証の二の出資者一覧表並びに同乙第八号証の二及び三の定款案及び発起人名簿には名前が見えるが、前記甲第二五、第二六号証の発起人総会準備会議事録及び同日付けの発起人申合せ事項(これに記名押印した者を発起人とする旨定めている。)には、押印しておらず、また発起人承諾書(前記乙第八号証の三のうちの別紙一五ないし三二又は成立に争いのない甲第一九〇号証の一ないし三六、もっともこれら甲、乙各号証は、甲号証の方に乙号証にはない発起人の承諾書が多数含まれている点で相違がある。)も、前記株式仮引受証をも提出していないから、同人は発起人とならなかったものと認めるべきである。松本三郎については、右議事録及び発起人申合せ事項には名前がないが、そこには、押印はないものの、松下電器産業株式会社社長松下正治の記名があり、一方前記発起人承諾書及び株式仮引受書には、松下電子工業株式会社社長松本三郎作成に係るものが提出されているのであるから、おそらくは、同系列の会社社長である松下正治と実質的に交替する趣旨で、右準備会後、中央FMの発起人として参加することが認められたものと認めるべきである。そうすると、右時点における発起人は、合計三三名であったことになる。その後、これら発起人のうち鍋島綱利が昭和四四年九月二六日に死亡したことは、当事者間に争いがない。したがって、昭和四四年九月二七日以後中央FMの発起人は、前記三二名に松本三郎を加え、右死亡者を減じた三二名であったこととなる。

3  《証拠省略》によれば、前記発起人総会準備会においては、発起人代表として別紙名簿No.1ないし6の六名が選任され(もっとも、《証拠省略》によれば、右準備会に先立つ昭和四三年三月三〇日付けで被告に提出された中央FMの無線局免許申請書には発起人代表として右六名のほか駒井健一郎が含まれており、《証拠省略》によれば、右準備会後の同年一〇月三一日付けで被告に提出された中央FMの無線局免許申請訂正届にも発起人代表として駒井健一郎の名前がみえていて、同人は依然として発起人代表であるかのようである。原告松尾はその作成に係る陳述書において、駒井は、他の競願者の発起人代表となったので、発起人総会準備会の段階で代表を降りたと記載している一方、前記乙第三一号証が前記六名の発起人代表の名前で出されていることにつき、元代表の中に駒井健一郎を書き漏らしていると記載し、混乱している。この点については、発起人申合せ事項に明確に六名のみを代表に選任したとあり、その後新たに代表を選任した形跡はなく、駒井が他の競願者の代表となったため中央FMの代表を降りたという原告松尾の説明はいかにもあり得ることであるから、やはり、駒井は、総会の時点では代表とならなかったもので、訂正届の記載は誤記であると認めるべきであろう。)、定款原案の作成、無線局認可の申請その他設立に関する事務手続は、別紙名簿No.1、5、14及び原告松尾に委任したこと(発起人代表と事務手続の受任者との役割分担は必ずしも明らかではないが、「事務手続」との文言の趣旨からして、法律行為等を行う組合業務執行者に当たるものは、発起人代表であり、その手足として事務的な事項を取り扱うものが事務手続の受任者であるものとされたと解すべきである。)、中央FMの発起人会は、発起人申合せ事項を全員一致で承認したが、これによると、重要事項については、発起人会で決議することとされたことを認めることができる。

4  原告放送は、昭和四五年六月二四日原告松尾が、従来の発起人代表中別紙名簿No.2、3、4、及び6の同意を得て、中央FMの発起人会を招集し、同会には、発起人中別紙名簿No.5、7、19(代理人中野和明)、26及び原告松尾の五名が出席し、別紙名簿No.4、10、11、13、15ないし18、21及び25の一〇名が原告松尾に委任状を提出したと主張する。《証拠略〉によれば、原告松尾は、発起人代表中の総代である梶井剛に発起人会の招集を要請したが、拒否されたため、自らこれを招集しようと考え、別紙名簿No.2、3、4、及び6のほか駒井健一郎の了解をもとって、原告松尾の名前で、これを招集することとし、招集状を全発起人に送付したところ、高田元三郎以下の前記一〇名から委任状の送付を受けたので、その委任のもと、原告松尾を含み出席者五名(田實渉は、秘書の中野和明が出席したが、多忙を理由に第二議事以降は退席した。)とともに、会議に臨んだところ、右発起人会においては、所要の討議を経た後、議事について採決がされ、その結果従来の発起人代表を解任し、原告松尾が発起人代表に選任された旨供述し、成立に争いのない乙第二一号証の六の「中央FM音楽放送発起人会議事録」と題する書面にも、その旨の記載がある(甲第六一号証も同様の書面であるが、ここには、発起人東龍太郎の押印があり、《証拠省略》によれば、その書面は、乙第二一号証の六の作成後に改めて作成されたものと認められる。)。

5  右供述のうち、原告松尾が右発起人会の招集について、秋山龍ほかの発起人代表の了解を得たとの点については、疑問なしとしない(たとえば、秋山龍は、FM東京の設立に参画しており、同人と他の発起人代表は、右会合のあったほぼ一ヵ月後の七月三一日付けの前記の了承を求める書面に中央FMの発起人代表として名前を連ねているのであって、これらの者が、原告松尾による中央FMの発起人会の招集を了承したとは信じ難いところである。)。しかし、原告松尾も、中央FMの発起人会から、事務手続を行う者として委任を受けており、右発起人会において、その総会の招集権者やその手続について何らかの定めがされている訳ではないから、発起人による招集であって、他の発起人もこれに応ずれば、総会としての成立を否定する理由はなく、本件においては、後記認定のように、発起人四名が右会合に出席し一〇名が開催の日までに欠席通知と委任状を兼ねた書面を原告松尾に提出したことが認められることからすれば、右招集された発起人会は、中央FMのそれであったと認めることが可能というべきである。

6  原告放送は、昭和四五年六月二四日開催された中央FM発起人会は、乙第二一号証の六の議事録記載のとおり議事が行われたと主張し、前記原告松尾本人尋問の結果はこれを裏付ける。しかし、右議事録は、当日出席した他の発起人である東龍太郎、中山次郎、町尻量光及び田實渉(代理人中野和明)から議事録確認のための押印を拒否されていることが右議事録自体の記載から明らかである(もっとも、東龍太郎は、後日これに押印したことは、《証拠省略》から認められる。)。右発起人会は、原告松尾の主張を実現させるため、同原告の利益のために開催されることとなったものであるから、右会合に関する同原告本人尋問の結果は、強い利害関係を持つ者の発言として、一般的には容易に信用できるものとはいえず、これを認めるためには何らかの裏付けが必要であるといわなければならない。その裏付けとなりうる議事録が原告松尾以外の出席した発起人から確認を拒否されたということは、その議事録に記載された内容が、実際に行われた議事内容を正確に反映していないことを推認させるものである。現に、証人中山次郎は、そこに記載された内容が事実と異なるので、後日原告松尾から押印を求められた際これを拒否したと証言している(《証拠省略》にも、伝聞ではあるが、中山次郎が当日の発起人会は不成立であり、原告松尾を発起人代表に選任した事実はないとの理由で議事録への押印を拒否したと語ったと記載されている。)のであって、これらの事実によれば、右議事録は、当日の議事内容を明らかにするものとしては、証明力が甚だ乏しいものと評価される。そうであるとすれば、そもそも、原告放送の主張する議決がされたかどうかさえこれを認定する証拠に乏しいといわざるをえないのである。しかも、証人中山次郎は、当日は会議のように改まった進行が図られた訳ではなく、原告松尾を中央FMの発起人代表に選任することに他の出席者が反対して口論となり、自分としては、その会は流会となったと思ったと証言しているのである。しかし、《証拠省略》によれば、その後東龍太郎は、その議事録へ押印し、その内容を確認したもののようであり、中山次郎もFM東京の設立に関与していて、原告松尾とは反対の利害関係を有することを考慮すれば、右議事録の証明力を全く否定することも相当ではないとも考えられる。そこで、以下、右議事録に記載された内容の議事があったものとして、検討を進める。

7  発起人代表の解任及び選任は、少なくとも、前記発起人申合せ事項でいうところの重要事項に当たると解されるから、発起人会において決議される必要があることとなる。しかし、右申合せ事項は、発起人会について、その有効な成立に必要な定足数や、決議に必要な人数、議決には過半数を要するかといったことについて何ら定めが置かれていないのであり、「発起人会」という概念自体が、必ずしも発起人が一同に会した集会を行うことを意味するものとはいえず、書面決議や持ち回り決議ではいけないとする理由もないことからすれば、右申合せ事項において何ら定めがない以上、右申合せ事項にいう重要事項の議決は、民法六七〇条一項により、発起人会に現実に出席し、或いは他の発起人に議決を委任した発起人の人数如何に係わらず、発起人全員の過半数が必要であると解される(原告放送は、発起人会に集合した者の過半数で足りると主張するが、その会合が成立するための定足数を要求しないこととなると、発起人全体の意向を反映すべくもない少数の出席者による発起人会によっても議決が成立することがありうることとなって、重要事項について発起人会の議決を必要とした趣旨に反することとなる。)。

8  原告放送は、発起人一〇名について、原告松尾に対し、発起人代表の解任及び選任を委任したと主張し、《証拠省略》の一〇枚の葉書は、これに沿うかのようである。しかしながら、右葉書の内容は、「6月24日開催の株式会社中央FM音楽放送発起人会」への出欠を問い、その下に「上記会合における申合せ事項につきましては一切委任いたします。」と印刷された次に住所及び名前を記載し、押印して投函するもので、委任先も必ずしも明らかではないが、葉書の表と併せれば、それを原告松尾であると解し得ないではない。しかし、どのようなことを委任した趣旨のものであるのかについては、不明というほかはない。原告松尾は、前記本人尋問の結果において、招集状の中に当日の発起人会の議題は明示したかとの問いに対し肯定しているが、その委任状を含む葉書を原告松尾に提出した者の中には、その後約一ヵ月経過した七月三一日にFM東京の設立に関与した梶井剛外の中央FM発起人代表から他の発起人に送付された前記乙第三一号証の書簡中に、発起人代表として名前を連ねている高田元三郎が含まれており、また、当日には遅れたものの秋山龍も右葉書を郵送しているのであって、仮に従来の発起人代表の解任と新しい発起人代表の選任が予め明示されておれば、このような立場にあった高田元三郎や前記秋山龍が原告松尾に対し、一切を委任することは考えられないのである。

また、原告松尾は、昭和五四年一二月一九日に行われた同原告本人尋問の結果において、被告代理人から議題を記載した案内状の控えを現に所持するかと聞かれてあると思うと答え、証拠として提出するかとの問いに対しても肯定しているが、それ以来、口頭弁論終結に至るまで原告松尾は、他の書証は多数提出しながら(右会議の結果を発起人に通知した際の書面は提出している。)、右案内状控えはついに提出しなかった。これらの事情に鑑みれば、原告松尾は、右招集状に従来の発起人代表の解任と新しい発起人代表の選任までは明示しなかったのではないかと疑われる。現に証人中山次郎は、招集状には議題を案内した書面は同封されておらず、議題が不明であるまま、経過報告でもあるのかと考えて会合に出席したと述べている。以上によれば、原告放送が主張する一〇名の発起人が、発起人代表の解任や専任が右葉書にいう「発起人申合せ事項」に含まれるものとして原告松尾に委任したものと認めるのは困難という他はないのであって、原告松尾本人尋問(第一、二回)の結果中右主張に沿う部分は採用できない。そうであるとすれば、原告放送が、委任状による賛成議決とする分は、明確な委任があったものとは認められないから、従来の発起人代表の解任については、出席者四名のみの賛成、原告松尾を発起人代表として選任することについては、賛成者は、原告松尾ないしその他一名(前記原告本人尋問の結果によれば、東龍太郎は、発起人会においては、反対であるものと受け取られたが、実際は賛成であったという。)にしか過ぎないこととなって、およそ議決と呼ぶのに値しないものとなる。

もっとも、仮にそのような事項が予め招集状に明示されており、右一〇名は、その点について原告松尾に委任したものとしても、結果は同様となる。すなわち、原告放送の主張自体によっても、従来の発起人代表の解任について賛成したものは、一四名であり、原告松尾を発起人代表に選任するのに賛成したものは、一一名であるというのであって、前記乙第二一号証の六の記載はそれを裏付けている。そして、その時点における発起人の総数は前記のとおり三二名であったから、過半数の議決を得るには一七名が必要であり、右賛成票数は、いずれも過半数に満たないから、これらの事項は、発起人会の議決を得られなかったこととなる。

原告放送は、前記甲第一〇三号証の書面とともにその議事録を発起人に送付したが異議がなかったから、全員の追認を得たと主張するが、単に異議を申し出なかったというだけで追認があったとすることはできないから、これを採用することはできない。また、原告松尾は、その陳述書において、当時発起人は三二名から辞退者三名、死亡二名で二七名となっていたとか、秋山龍の葉書は当日有効な委任状として取り扱ったが、一時紛失していたため、主張として委任状の中に入っておらず、実際は委任状は一一通であるとか記述している。しかし、辞退者が仮にあったとしても、何人がどのような手続きで中央FMから脱退したのか不明というほかはなく(単に原告松尾に辞意を表明したというだけで直ちに脱退したことになるものではないのは当然である。)、鍋島以外(鍋島は既に折り込み済みであること前記のとおり。)の死亡者については、大屋敦を指すものと思われるが、当人は昭和四五年八月一八日に死亡したのであって、本件の発起人会当時は生存していたのであるし、前記乙第二一号証の六の議事録において出席者は委任状共一五名うち一名は中途退席と記載されていて、この記載が誤っているとは考えられないところ、その出席者数に原告松尾が含まれていないことはあり得ないのであって、これらからすれば、右記述は到底採用できないのである。

三  本件訴えを提起した原告放送と中央FMの同一性について

1  右二のとおり、昭和四五年六月二四日における中央FM発起人会の発起人解任・選任の議決はいずれも成立せず、中央FMの業務執行者である発起人代表は、依然として梶井剛ほか六名であって、その中には原告松尾は含まれていない。

また、前記乙第二一号証の六によれば、右発起人会においては、中央FMの免許申請書が無断で訂正されたことに対する責任追求と、FM東京らへ付与された本件免許等を無効とするための是正措置をとることについても議決を求め、一一対三で議決されたこととされている。しかし、右議決についても、右二のとおり、そもそも委任状提出者に、そのような議題について委任するものであることを予め明示したかどうか疑問であるし、仮にこの点を肯定するとしても、右事項も同様に中央FM発起人会としては重要事項であり、発起人全員の過半数の議決が必要であると考えられるところ、一一名の賛成しか得られなかったというのであるから、これまた、議決として不成立であったということになる。

2  原告放送による請求の趣旨1、2項の異議申立て及びそれに引き続く本件訴えは、右一記載の発起人組合である中央FMによって提起されたものとされている。しかし、右1のとおり、中央FMにおいてこのような申立てをすることのできるのは、業務執行者である梶井剛ほか六名であり、原告松尾は、事務手続を委任された者ではあるが、業務執行については一発起人に過ぎないから、およそそのような事項を執行する立場にはない。更に、このような異議申立てないし訴えの提起は、中央FMとしては、前記のとおり重要事項と評価されるから、これら業務執行者であっても、その独断でこのような行為を行うことができず、発起人会による議決を必要とすると考えられる。

本件異議申立て(本件訴え同様原告松尾が中央FMの代表者であるとして提起したことに争いはない。)及びこれに引き続く本件訴えは、右1の議決があったとして、これに基づいて提起されたものと考えられるが、右議決が成立していないと解されること右1のとおりである。

3  民訴法五八条によって準用される同法五三条、五四条が適用されるのは、ある団体の代表として訴えを起こした者が、たまたま訴訟行為について授権を受けてはいなかったものの、その団体から追認ないし新たな授権を受ける可能性がある場合であるか、授権について証明できる場合でなければならないのは当然である。しかしながら、本件の訴えは、その団体の業務執行の権限を全く有しない者から、その団体の意思とは無関係に、ほしいままに団体の名を名乗って提起されたものというほかはないものであって、このような場合にあっては、訴えにおいて名乗られた団体と、本来の団体とが同一のものとは解し難く、その訴えについて、本来の団体による新たな授権であるとか追認であるとかを考える余地はないというべきである。そうであるとすれば、原告放送は、中央FMとは別個の団体であることとなるが、そのような中央FMとは別個の存在としての原告放送が、その代表者であるという原告松尾と離れて独立に存在する権利主体であるとする当事者能力については、何らこれを認めるべき主張立証がないから、これを否定せざるを得ないのである。

三  結論

以上によれば、本件訴えは、中央FMの代表者であるとしてこれを同組合のために提起した原告松尾に右訴訟行為をするについて必要な授権があるかないかを問うまでもなく、そもそも中央FMが起こした訴えとは認められないこととなるから、原告放送に当事者能力を肯定することはできず、これを不適法として却下すべきである。

第三結論

よって、原告松尾のした請求の趣旨1及び2の各異議申立てが不適法であるとしてこれを却下した各決定は、適法であるから、その取消を求める同原告の請求は理由がなく、これを棄却することとし、同原告のした請求の趣旨3の訴えは、原告適格が認められない不適法な訴えであるから、これを却下することとし、原告放送の請求の趣旨1ないし3の各訴えは、原告放送に当事者能力を肯定することができないから、不適法として却下することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条を適用し、同法九八条二項、九九条を準用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 長屋文裕 裁判官石原直樹は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 中込秀樹)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例